不登校生活のはじまり
最初の1週間
熱も少し出て喉も痛いと
本人も「風邪だし仕方ないよね」という感じで
学校をお休みし
次の週には もう
行きたくないとなった
そして始まった不登校
次女さ毎日ひたすらYouTubeを観る
朝起きてすぐにリモコンを探す
観ている間は取り憑かれたような目で
食事などで画面を消すと途端に癇癪を起こす
観ている動画は家族ユーチューバーが
おもちゃで遊んでみたり
お出かけ先の案内などしているもの
沈みきった我が家とは正反対の
とっても楽しそうな家族の動画でした
最初は私も夫も驚いて
学校に行けない理由を聞くも
これといってハッキリした原因がわからない
いじめもない 先生も怖くない 勉強も困ってない
後から少しずつ聞いた話では
騒がしい教室にいると
気持ちがワー!っとなる
先生が同級生を叱る声を聞くのが嫌
学童保育も同じでうるさくて
自分が怒られている訳ではないのだけれど
自分事に感じてしまう
そして、怒られないように
ちゃんとしないと!ちゃんとしないと!
と自己脅迫のようになってしまい
ちょっとした失敗をするのも怖くなってしまい
学校にいけなくなってしまったよう
考えてみると 無理もない
保育園までは個性を尊重した園で
よっぽど危険な事をしない限りは
叱られたりする事もなく
のびのび自由に活動していた
学校に入ると一転
やるべき事を押し付けられる
規律や輪を乱す者は叱られ是正される
このギャップに
心が追いつかなかったみたいです
でも先生方や学校を責める事は出来ない
学校という場所では
読み書き計算を身につけさせる必要がある
授業を滞りなく進めるには
大きな声を出さざるを得ない
支援学級やサポートの先生はいるけれど
全員に配慮できるほど人が足りていないのが
今の日本の学校の現実
不登校→再登校から2年
いきなり話が飛びますが…
我が子が結局どうなったかと簡単にまとめると
不登校1カ月半の後
再登校
多少気持ちの波はあるものの
約2年経った今は毎日登校しています
再登校のきっかけは一つには絞れませんが
親の対応を変えた事が大きかったと思います
ayamiさんのブログに行きつき
我が家の状況と一致する事が多く
その方針に沿って対応していこうと思い
ブログの中で気になった
mixiのコミュニティに入り
勇気を出して相談をしてみた事
コミュニティ参加人数の割には
実際にコメントをくれたのは数人でしたが
皆さん不登校のお子さんを待つ経過があり
親身になってアドバイスをもらい
とても励みになりました
不登校〜再登校までの記録は
追って書きたいと思ってはいますが
文章にするのに時間がかかってしまうので…
もし すぐにでも
その内容を知りたいと思われる方は
mixiのコミュニティ
「不登校〜復学を目指す親の会」に入り
(プライバシー確保の為承認制となっています)
2-257のトピックをご覧になってください
不登校の我が子が
「本当は学校に行きたい」
という気持ちがあるなら
子どもを変えようとする前に
まず親の対応を変えるのもいいかもしれません
道のりはなかなかハードですが
(緩くはなりましたが今でも続けています)
他の姉弟に対しても自立を促す対応に変わり
次女が不登校にならないと
気づかなかっただろう事なので
親としての大きな勉強となりました
何よりも
楽しそうに学校の話をする姿が
こんなにも有り難い事だと気付かされ
娘には感謝でいっぱいです
(もちろん腹の立つ時も毎日のようにあります💦)
9月 - 行き渋りからの不登校
8月最終週に始まった新学期
毎朝行き渋るも木曜まではなんとか送り出していた1週目の金曜日
朝から癇癪が酷い
誘いに来てくれた友達に先に行ってもらうと
余計に火がついたように泣きわめく
ギリギリの時間になって自転車で送る
学校近くになって「そっちじゃない!」と泣き叫ぶ
あまりの大泣きぶりに周りの目も気になり
「じゃあ家に帰ろう」
と自宅の方に向きを変えて進むも
「そっちじゃない!!!」と泣きわめく
「じゃあどっち?!」と聞いても
明確な答えは言わずにただ泣き叫ぶ
車道から少し入った駐車場に自転車をとめ
あれこれなだめるも効果なし
照りつける太陽の下一時間近く
お互いの体調にも支障をきたしそうで
「もう学校休んだらいいから」と伝え
本人も少し落ち着いてから家に帰り
私は仕事を休みました
炎天下で大泣きされたこの日から
無理に学校に行かせることを諦めました
翌週は一日休み
家族のコロナ感染があり週末から5日間休み
(濃厚接触者も外出できない時期だったので)
自宅待機期間が開けると
五月雨登校2週間
次女本人が熱を含む風邪症状で
1週間休んだ後
学校に行けなくなりました
7月〜8月 一学期終わり、夏休み
前回更新から一年も期間が空いてしまいました🙇♀️
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
学期終わりの個人懇談
クラスでは成績も授業態度も問題なく
過ごしているとのこと
家庭とのギャップが激しいのは
やはり学校で優等生でいるために神経をすり減らしている
HSCらしさなのかと思う
帰ってから、とりあえず褒めようと思い
「懇談でC(次女)のことすごくほめられたよ!」
と伝えたら 次女は
「お母ちゃん知ってた?
それはお母ちゃんが褒められたってことだよ
だってお母ちゃんがCのこと産んだから
産んだお母ちゃんが褒められたってこと」
サラッと心の琴線に触れる言葉を投げてくる
やっぱりあなたの母でいて幸せだと思ったよ
その後夏休みに入っても
相変わらず癇癪を起こすと暴力や
姉弟に攻撃をしかけたりして
同じ一人の子なのかわからなく
何度も失望しては
ふっと 考えてはいけないことが頭をよぎってしまう
親の私がネガティブだと Cにも伝わるから
考えないようにしても 気づくと頭はいっぱい
次のスクールカウンセリングは9月
コロナ全盛期で直接相談ができたりは出来なく
ネットで情報を漁り悶々とする日々
夫がいない日などは
癇癪で暴れる次女、それに耐えられず泣き叫ぶ長女、その空気を感じて泣いてしまう長男
もう一人で抱えきれなくて
児童相談所に電話したりして
話を聞いてもらって少しはスッキリしたけど
根本的な解決にはならない
夏休みに入って
学校のストレスがなく少しはマシになるかと思いきや
朝から荒れる日もしばしばで
ある一日は癇癪がひどすぎて
一年生に一人で留守番させるのは心配なので
実家の母に様子を見に来てもらうよう頼み
学童保育を休ませました
ある朝出勤直前に渡されたのが
この手紙

今でも会社のデスクに置いています
私にぶつけてくることを、実は本人も悪いと思っているけれど
一度癇癪をおこすと引っ込められない
本人がつらい状況だったんだと思います
6月-行き渋り期-下がる長女の自己肯定感
私が次女のHSC気質を知ってからは
強く叱らないように気をつけて
出来るだけ訴えたいことを聞くようにしました
そのほとんどは、自分の話を聞いてほしいという内容で
次女が話をしている途中で
おしゃべり好きな長女が口を挟んできたり
まだ幼くて空気を読んだり出来ない長男が
騒いだり泣いたりして私の注意が逸れると
その姉弟を攻撃するようになりました
一歳の長男は怪我の恐れがあるので引き離すことが多かったものの
私が次女にやめるように言うと途端にネガティブになってしまうので
長女にはなんとか自分で対応してもらうようにしていました
次女に馬乗りにされたり、何度も蹴り付けられる長女が
悲痛な顔で私をみて、助けを求めても
やんわりと次女をたしなめるしかできず
たまにやり過ぎだと止めるようにつたえると
次女は即座に「やっぱりお母さんは私が嫌いなんだ!」
「私は生きている意味がない!」
「ベランダから飛び降りる!」
「包丁で殺して!」と とても悲しい言葉が飛び出す
それが辛くて見て見ぬ振りをせざるを得ず
次女の良い所だけを褒めるようにしたら
私への攻撃は収まったものの
次は姉弟への攻撃で私の愛情を試すようになりました
おじいちゃんに見てもらっていた時は
特に姉に手を出す事もなかったようで
姉に暴力をする時は私の前でする事が多く
蹴りながらチラチラと私の顔色を伺い
どちらを庇うのか試す行動が多かったです
事あるごとに「家族の中で誰か一番好きなの?」
と答えにくい質問をしたりもして
つねに誰が母に愛されているかを気にしているようでした
もしかすると嫌われるのを極度に恐れていたのかもしれません
毎日暴力を振るう妹と、庇ってくれない母に
我慢できなくなったのか
次第に長女も暴言を吐くようになり
「お母さんは何でこんなバカやろうを許すの?」
「お母さんに悪口言ったり、たたいたりする奴なんかだいっきらい!」
「お前(次女)なんか居なくなったらいい!」
「妹が出て行かないなら、私がこの家を出ていく!」
それを聞いてまた暴力を振るうか殺してと泣き叫ぶ次女、私もどうしようもなく泣いてしまい、その様子に怖くなった末っ子も泣く…とカオス状態になる事もしばしばで。。。
この最悪な状態がいつまで続くのか先が見えず、本当に苦しい時期でした
6月-行き渋り期-HSCだった次女
読み進めるたびに 次女はこんなに生きづらい特性を持っていたと知り
色々と大げさだと思っていたことは、実際本人が感じていたままでした
学校という場所はHSCにとってストレスフルな場所だったのに
少しも分かってあげられず 育てにくい子だなと思っていた
そんな自分に後悔の念が襲い何度も涙があふれました
「HSCの子育てハッピーアドバイス」の中には
学校の先生に向けたHSCを理解してもらうためのページがあり
こちらをコピーして先生に渡すのが一番簡単だと思い
(本にもHSCを理解してもらうのにコピーを渡すのも良いと記載があります。)
早速コピーして娘に持たせて、クラス担任と学童保育の先生にお渡ししました
合わせて手紙を添えて入学後に家庭で暴れるようになったこと
騒がしい環境が本人にとってつらいようで、特別扱いまではしなくていいが
そういう気質だということを理解してもらえると嬉しいと書きました
学童の先生からは私(母)あての気遣いのお手紙をいただき
クラスでは翌週席替えが行われ
娘がお世話をやいていた隣の席の子と
離してもらうことができました
(HSCは他の子のお世話が上手なので任されることもあるみたいですが
その分本人も知らない間に疲れてしまうことがあるそうで
担任の先生は本のコピーを参考に早速対応していただいたようです)
そして私は数冊の本などを参考に夫と次女への対応を話し合い
強く怒ったり怒鳴ったりしないこと
敏感な気質に理解を示す
夕食前のオヤツも多少は目を瞑る
口に合わない食事は残しても良い
睡眠時間も十分取らせる(週末は遅起きでもok)
などと取り決めました
週に何度も孫に会いに来る実親にも説明をして
大きな声で叱らないように頼みました
(私の父は泣き止まない子供にいらついては
「泣くな!」と怒鳴ることが多く
次女はオムツ外れが比較的早かったにも関わらず
5歳ぐらいまでは怒鳴られると時々お漏らしをしていました。
HSCを知ってから、お漏らしするほど怒鳴り声を人一倍辛く感じ取っていたのだと分かりました)
それでも次女の横暴な態度を目にすると
カッとなっては怒鳴りつける実父なので
次女を抱き上げて別部屋に避難しました
こうしてHSC気質を多少なりとも念頭に置いて接すると
次女の私に対するキツイあたりは少し和らいだ気がしました
しかし、今度はその矛先が他の家族に向かって行くのでした…
6月-行き渋り期-こころのきもち
次女は元々癇癪持ちだったので、4月に職場復帰する前の末っ子の育休中には
怒りやすい子供への対処法やアンガーマネジメントの本なども読んで
癇癪をおこしたときはこちらも怒りで抑えつけようとするのではなく
できるだけ寄り添う姿勢をみせて平静を保つように心がけてはいました
小学校入学後からは度々ひどい癇癪をおこし
ちょっとした事で起こり、怒鳴り、粗暴行為に及び
私に対して当たり散らすように…
しかしこちらが理由もわからないうちに勝手に怒り出すこともよくあり
「なんで怒ってるの?」と聞くと
こちらが聞き取れないような声でボソボソと話し
「はい!もう言ったから!」
私「聞こえなかったから、もう一回言ってほしい」と答えても
「*********(聞き取れない早口や小声)」
「お母ちゃんがちゃんと聞いてないだけやろ!」と逆切れ
できるだけ穏便に聞いてみるも
「聞いてない方が悪い!」と理不尽極まりなく
「謝って!」と何度も言われ
こちらに非はない(むしろ何で怒っているのかもわからない)のに
「1000回謝って!」「無量大数回謝って!」と言われ
「ごめんなさい」を言い続けても本人の気は晴れず
「そんなんじゃだめ!」と蹴られたり
それはそれは奴隷のような対応を受けていました。
私は必死で次女の気持ちを落ち着かせようとするか
とりあえずクールダウンとその場を離れたりするも
暴れて物を投げつけたり家具を蹴り続けたりして
このままでは家のあちこちが壊れたり、誰かがケガをしそうで
数十分も癇癪を続けられればさすがにだんだんと腹がたってきて
堪忍袋の緒が切れてしまうこともよくあり
怒鳴ったり腕をつかみ上げたりしてしまうことも。。。
でも、次女は時々平常心を取り戻した後に
「怒ってごめんね」と謝ることもあり
寝る前にポツリと「本当は怒りたくない」としくしく涙を流すことも
「そうだよね。本当は怒ったり叩いたり蹴ったりしたくないけど、自分でも抑えられなくなってしまうんだよね。」と言うと
「うん。」としくしく
「大嫌い!!大嫌い!!!」と何度も私に向かって放つ言葉も
心の内とは裏腹に抑えきれず出てしまう言葉だったようで
ある日ふと気づいたウエットティッシュケースに
マジックペンで書いていた
次女のきもち

何度も心無い言葉をなげつけられては
心を痛め苦しみもがいていた私ですが
自分の心のコントロールが上手くできない次女が
本当は一番苦しんでいたんです
